フードジャーナリスト曽我和弘の三田“食”紀行

フードジャーナリスト曽我和弘氏が福助グループをめぐる食紀行。スタッフから素材や料理にかけるこだわり、お客様に対する思いなどを聞きだしながら、曽我氏の鋭い論評を交え「三田の食」を語っていただきます。

Vol.13:
駅前の「甲斐」で三田牛「廻」を食す。「廻」訴求のために福西オーナーが放った一矢とは・・・
第9回の三田“食”紀行で、三田牛の中に「廻」という呼称ができたとの話を報じた。これを受けてか、JR三田駅前に三田牛を専門に出す「甲斐」がお目見え。オーナーの福西文彦さんは、「これまで市内で三田牛を出す店が少なかった。せっかくなら三田牛『廻』を振る舞える店を出したいと考えての出店です」と話している。3月にオープンした「甲斐」とは、いかなる店なのか?「三福はなれ」を改めて「甲斐」にして個室主体の店を造ったのだ。今月はその「甲斐」と「廻」の魅力について話してみたい。

世界の三田牛と呼ばれるまでにしたい

DSCF9865「廻」と書いて「かい」と読む。これは昨年11月に発表された三田牛の格付呼称制限で、三田で肥育された雌牛で、三田食肉センターにて捌いたもののうち、A4の№7以上に「廻」なるブランドがつけられることになった。但馬牛を素牛にしたものは、神戸ビーフに代表されるブランドがあるが、三田牛もその一つ。但し、これまで格付呼称制限がなく、最低ランクのものでも三田牛と呼べるネックが存在した。三田食肉公社の廣岡誠道さんらは、「それではいつまでたってもよくならない」と言い、三田牛の中に「廻」を作って格付呼称制限を設けたのである。そんな話を記したのが「三田“食”紀行」の第9回目。廣岡さんがいる「パスカルさんだ精肉部」まで取材に行き、思いの丈を聞いて文章化した。
さて、それから3~4カ月たってどうなったかというと、けっこうな変化が見られたようだ。神戸ビーフは、現在A4の№6以上と定義づけられているのだが、その最低ラインからすると、三田牛「廻」の方が上になる。当然、「廻」の価値は上がり、値は高くなる。そうなれば、畜産農家がやる気を出すようになって自ずと三田牛の飼育環境も上がっていく。まさに廣岡さんら三田牛を愛する面々が考えたように筋書きが進んでいる。これが浸透していけば、世界の三田牛と呼ばれるようになる日も近いのではないだろうか。

DSCF9838ところで三田で数多くの飲食店を営む福西文彦さんだが、彼は自店を三田牛専門店に変えたりして廣岡さんらの動きを支援している。JR三田駅前に3月にオープンさせた「甲斐」がそれ。この店は以前、「三福はなれ」と名乗っており、同じ駅前に位置する「三福」の接待用店舗として使っていた。だからオール個室だし、設えもいい。この店を三田牛専門店にして「廻」を食べてもらおうと考えたわけだ。流石に店名を「廻」にはできぬので、あえて同じ音で表現する「甲斐」と名づけている。
「廻」をどう広めるか_、その課題に取り組むために三田では「チーム廻」が結成されており、福西さんはその主力メンバーとなっている。ちなみに「チーム廻」は、三田食肉流通協議会から廣岡さん(食肉公社)、福西さん(飲食店)、春日さん(生産者)が参加。そこに外部から三名が参加して構成されている。各人が各々の分野で広める知恵を絞るそうだが、福西さんは食べる場所を提供するとして自店を「甲斐」に変更した。

三田でのごちそう、「廻」のすき焼き

DSCF9848「甲斐」は1階に個室が三つ、2階が二つの陣容で、二階は仕切りをなくすと最大16名まで収容できる。提供するのは、まぎれもない三田牛「廻」のみなのだからA4の№7以上の肉_、つまり極上の三田牛が供されていることになる。メニューは、シンプルで三田牛のすき焼きか、しゃぶしゃぶ。それをコース仕立てにしている。価格は上が8000円、特上が10000円、極が12000円で、値段によってグラム数と部位が違ってくる。私も取材と称して食べたが、先付(小鉢)、蓋物(牛すじ茶碗蒸し)、鍋物(三田牛すき焼き)、締め(うどん)、甘味(デザート)と続く内容はなかなかのもの。仮に足りなければ牛肉を追加(半人前3500円、一人前6000円)すればいい。。

DSCF9853この日出ていた三田牛はA5ランクだったが、廣岡さんがかつて説明していたように他県の肉よりきめが細かく、脂肪融点が低いことがわかった。福助グループの中谷世志樹マネージャーが「A4とA5では食べた後、全然印象が違う」というのがよく理解できる三田牛のA5(「廻」)は、胸やけもしないし、胃もたれもない。すっと脂分が溶けていくからだろう、しつこく感じない。「これをぜひとも出張して来た人や遊びに来た人に食べさせたい」との福西さんの思いもひしひしと伝わって来る。

DSCF9867しゃぶしゃぶとすき焼きがあるが、三田ではむしろ後者の人気が高く、「オープンして二週間たつ(取材日は三月半ばだった)が、圧倒的にすき焼きが出ている」そうだ。福西さんによると、三田では人が集った際に「すっきゃき(すき焼きのこと)でもしょうか」となるらしい。これが他地域ならしゃぶしゃぶが勝つのかもしれないが、場所は三田駅前なので客側も自ずと三田の習慣が用いられる。
かつては千頭を数えた三田牛も今では屠殺する数が400頭を切ってしまった。仔牛が倍ぐらいに高騰したのと、リスクが高い畜産農家を継ぐ者がいなくなったのがその因といわれている。それでも春日さんのような熱心な農家は、タワシで背中を撫ぜ、艶と張りが出るようにブラッシングしながら育てている。福西さん曰く「飼っている人のハートが熱いからいい肉質の牛が育つ」そうだ。

DSCF9873大事に育てられた三田牛の肉質は一目瞭然で、実にきれいで味がある。「甲斐」では、すき焼き用にと醤油を探して来た。岡山の「鷹取醤油」がそれで、総じて甘い味を持つことからことさらすき焼きに合うのだという。この醤油に酒と砂糖を加えて割下を作っている。初めの一鍋(最初の肉を焼くまで)は店の人がやるが、あとはご自由にというのが「甲斐」のスタイルで、この方が接待には向いていると思う。卵も春日町にある村上農場の地卵「せせらぎ」を用いており、そこに焼いた肉を浸して食べるのだ。オレンジ色の濃厚な黄身が霜降りの肉に絡んで実にいい味に仕上がっている。

DSCF9841初めに「甲斐」は、シンプルにしゃぶしゃぶとすき焼きのコースのみと書いたが、厳密には間違いで「三田牛厚切り鉄板焼」(8000円10000円、12000円)もある。「三福はなれ」の名残りも若干残しており、予約次第では鯛や鱧、すっぽん、猪肉の鍋もやってはくれる。とはいうものの、やはり三田牛専門と謳っているからには、ここでは「廻」を楽しみたいものだ。但し、「甲斐」は要予約制、味わうのならば電話を一本「三福」へ入れてから訪れるように_。

<データ>

三田牛専門 甲斐

住 所 兵庫県三田市駅前町8-39 1階
T E L 079-559-0124(「三福」にて受付)
営業時間 11:30~15:00 17:30~22:00
休 み 火曜日
メニュー

※要予約

三田牛すき焼きコース
三田牛しゃぶしゃぶコース
三田牛厚切り鉄板焼コース
 ともに、上8,000円、特上10,000円、極12,000円

・その他の鍋のコース
春夏 鯛のうにしゃぶコース
夏秋 鱧鍋コース
   すっぽん鍋コース
秋冬 ボタン鍋
   てっちり

プロフィール

曽我和弘
(フードジャーナリスト・フードプランナー)

廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカ社など出版畑を歩き、1999年に編集制作兼企画会社の㈲クリエイターズ・ファクトリーを設立。大ベストセラーになった100円本や朝日放送とタイアップした「おはよう朝日です。雑誌です」を出版し、ヒットメーカー的存在に。プロデュース面でもJR西日本フードサービスネットの駅プロデュースに参画し、その成功によって関西の駅ナカブームの火付け役と称されている。現在、月に13本の連載を抱え、食関連のコラムを多く執筆している。

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