フードジャーナリスト曽我和弘氏が福助グループをめぐる食紀行。スタッフから素材や料理にかけるこだわり、お客様に対する思いなどを聞きだしながら、曽我氏の鋭い論評を交え「三田の食」を語っていただきます。
"三田食紀行"と銘打っておきながら今回は三田の話ではない。兵庫県でも最も南に位置する洲本市由良漁港が舞台である。由良漁港は兵庫県下では香住に次いで二番目に水揚げが多い港。鱧や鯛が有名で、日本の三大鯛に称えられる加太(和歌山)とは対岸辺りに位置し、同じような漁場。そうなると鯛が有名なのも納得がいく。由良の魚介類の中でそれらを抜いてダントツに味の良さが挙げられるのは夏場の赤ウニだろう。ウニといえば北海道を想像する人がいるが、由良のウニはその比ではない。どうしても苦みが出てしまう北海道に比べ、由良のウニは苦みなんてなく、甘い。しかも上品な甘みで、高級料亭がそれを欲しがるのもわかる。ただ、その獲れる量はごくごく少ない。だから稀少品となり、大抵が築地へ流れ、赤坂の高級料亭あたりで消費されてしまう。なので我々の近場で日本一のウニが獲れていようが、回ってくることは少ないのだ。
さて、そんな名品が揚がる淡路島・由良漁港だが、ここに「福助グループ」と縁りのある人物がいる。「海幸丸水産」の橋本一彦さんである。橋本さんは、同漁港で仲卸しを務めている。卸しと書くと問屋的印象を受けやすいが、さにあらず。漁港には毎日漁師が魚を獲って持ち込むのだが、そこでセリを行い、値決めをするのが橋本さんら仲卸しの仕事。仲卸しはそう何軒も存在するわけではなく、ごく限られた人のみがその権利を有している。つまりこの仲卸しがセリで値づけしなければ釣った魚に値がつかず、中央卸し売り市場へも流れない。そんな重要な役目を橋本さんらは担っている。
「海幸丸水産」の橋本さんの売り先は、各地の中央卸売市場にある。神戸・明石はもとより築地へも流す。そんな卸売市場では彼の荷物(魚)はいいと評判が立っている。だから個店へ流すなんて面倒そのものと考えてもおかしくはない。多くを流通する卸売市場へ送っておけば、それだけで商売が成り立ってしまうからだ。
そんな橋本さんが若干だけ個店へ向けて出荷している。その一例が「三福」や「田助」を持つ「福助グループ」である。「福助グループ」のオーナー・福西文彦さんとは少なからず縁があり、面倒でも取引を行っているようだ。しかも時折り橋本さん自らが活きた魚を水槽付きのトラックに乗せて三田まで運んでくる。業界関係者は、このことだけでも驚きで、「あの橋本さんが運んで来るなんて」と目を白黒する始末なのだ。
橋本さんは、由良漁協の中でも特異な存在で、私などは「気に入らないと売らないという強固な姿勢」とふざけて話したりしているほどだ。某ホテルの一例、そこは何かと注文をつけてうるさいわりに魚の扱いが悪かったそうだ。そこで橋本さんは、「是正しないとやめる」と言ってついには販売ルートを切ってしまった。逆に「神戸メリケンパークオリエンタルホテル」の鍬先章太シェフの例では、彼は由良の魚を気に入り、漁港まで通って橋本さんと知己を結んだ。そして魚の扱いが長けており、ユニークな技法が橋本さんを虜にした。なので橋本さんのお眼鏡にかない、いい魚が流れるようになったという。こんなエピソードがざらなのだ。
福西さんと橋本さんとの繋がりは、屋台時代まで遡る。福西さんは、サザエのつぼ焼きスタイルの料理を出したくて貝殻を探しに淡路島までやって来た。北から順に漁港を覗き、にし貝の殻だけを求めたが、身の入っていない殻は何の値打ちもなく、漁業関係者は福西さんのオーダーをまともに受けようとしなかったらしい。北から一つずつ港を潰していき、その都度断られて、ついに島の南にあった由良まで来た。そこで橋本さんにその要望を伝えたところ、「兄ちゃん、貝殻なんて何にするの?」とようやくまともに話を聞いてくれたそうだ。福西さんは、にし貝の殻を器にみなし、具材を入れてつぼ焼きのようなものを作りたいと話した。すると橋本さんは「変わったことをするなぁ」と言ってそれを無料でくれたのだという。言っておくが、橋本さんらは水揚げされた魚介類を売るのが仕事である。だから身のない貝殻なんて商売品にはならない。なら無料で差し上げてもと思うのは素人考えで、器にするからにはある程度の量が必要。それを揃えねばならず、しかもきれいに掃除して洗って渡す手間がかかる。つまり殻だけでは、手間こそかかれどお金儲けにもならないのだ。
こんな縁があり、漁業界では一目置く存在の橋本さんと知り合った。福西さんは屋台から店舗を持つにあたって数年後に橋本さんの所を訪ねている。店が持てるようになったからとの挨拶とあの時の恩返しで仕入れるようになった。そんな義理がたいところが福西さんにはある。橋本さんは、せっかく福西さんが訪ねて来てくれたのだから心よく取り引きを開始している。普段なら獲れたものを大量に卸売市場に流していれば商売になるものを、数も少なく面倒な個店へ届けようとしてくれているのだ。
橋本さんの面白さは、その考え方にある。私が初めて彼にあったのは、15年ほど前。初めて漁場を訪れた私に「一番いい魚はおかずにする」と堂々と答えたのである。魚を求めに来た者にこんなことが言えるとは、かなりものに自信を持っている証拠。しかも自分が美味しいものを食べたいとの心理はグルメなら理解できる。これほど正直な人を見たことがないと、私は第一印象で"信頼にたる人物"との称号を与えてしまったのである。
漁協でセリを見学していると、橋本さんは雑魚には手を出さない。「コレは!」という魚のみに入り札を入れる。由良の漁師からもかなりの信頼を得ているのだろう、「いい魚は海幸丸水産へ」と言って運んで来る。ときに珍しい魚にも入れ札が入いるのもご愛敬。例えばかなり大きな穴子、あまりの大きさ故に誰も手を出さない。そんなときにも「海幸丸は買ってくれる」と言う。ここが橋本さんのユニークな点で、いい魚と珍しいものには目がないのだ。
さて、三田といえば内陸地で当然海には接していない。だから漁場近くの町よりはモノが落ちるのは否めない。ところが「三福」などは橋本さんからの直送便があるわけだから他所のものとは雲泥の差の魚介類を仕入れることが可能になっている。あのホテルの有名シェフでさえ、手に入れるのに苦労し、ようやくルートを開発したという代物が、福西さんとの縁で手軽に入って来るわけだから私からすれば得をしていると思えてならない。時折り店へ入って来る"由良漁港直送の魚"、そう書かれていれば橋本さんの品だから注文すべきだと私は思ってしまう。
住 所 | 兵庫県洲本市由良4-2-20 |
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T E L | 0799-27-0412 |
営業時間 | |
休 み | |
メニュー | ※海幸丸水産は漁協の仲卸しなので個人への販売は行っていない。ただ、橋本さんは由良の町で「海幸旅館」も営んでおり、そこでの一泊や食事は可能。 |
廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカ社など出版畑を歩き、1999年に編集制作兼企画会社の㈲クリエイターズ・ファクトリーを設立。大ベストセラーになった100円本や朝日放送とタイアップした「おはよう朝日です。雑誌です」を出版し、ヒットメーカー的存在に。プロデュース面でもJR西日本フードサービスネットの駅プロデュースに参画し、その成功によって関西の駅ナカブームの火付け役と称されている。現在、月に13本の連載を抱え、食関連のコラムを多く執筆している。