フードジャーナリスト曽我和弘の三田“食”紀行

フードジャーナリスト曽我和弘氏が福助グループをめぐる食紀行。スタッフから素材や料理にかけるこだわり、お客様に対する思いなどを聞きだしながら、曽我氏の鋭い論評を交え「三田の食」を語っていただきます。

Vol.9:
400 頭を切った希少価値ある三田牛。その中でも等級の高いものが「廻」なる呼称を与えることで区別化された
兵庫県はいい牛肉の産地として知られている。殊に神戸牛は、昔から世界的ブランドで、これを食べる目的で訪日する人までいるほど。では、三田牛はどうか?神戸牛は兵庫県下の但馬牛で、定義の等級を満たしているものを指す。だから三田牛もそれに含まれる。さらに三田牛は三田市内で肥育されている雌牛で、生後 28 カ月以上(平均32ヶ月)たったものがそれにあたる。実は神戸牛より三田牛のほうが少ないのだ。今は 400 頭を切った三田牛だが、その中でも上のクラスを「廻」(かい)としてハイグレードに位置されることが決まった。今回は「パスカルさんだ」の精肉部を訪ね、「廻」の話を中心に三田牛のことを書きたい。

三田牛と神戸牛の違いは?

DSCF8777 神戸牛、三田牛、淡路牛と兵庫県にはいい牛肉が存在する。もとは但馬牛らしく、そのランクづけや産地で各々名称が違って来る。web 内の知恵袋を検索していると、「三田牛と神戸牛は同じですか」という質問が掲出されていた。この中での回答は三田牛が「但馬牛の仔牛を三田地域で 25 カ月以上育成し、三田食肉センターで解体処理した 30 カ月以上の牛をいう」と定義しており、日本食肉格付協会の格付けを用いた呼称制限がないために肉質等級が最低1であっても三田牛と名乗れると書かれている。一方、神戸牛は「兵庫県下で生産、飼育された但馬牛が兵庫県内の指定された食肉市場で処理され、かつ規格が A もしくは B 以上に格付けされた場合に呼称される牛肉」とある。神戸牛に値するのは未経産牛、去勢牛で、歩留・肉質等級が A、B のうち 4 等級以上、さらに詳しくいえば、その№6 以上を神戸ビーフといえるのだ。ちなみに A や B は歩留等級を表すもの。一本の枝肉から骨や余分な脂肪を取り除き、食用として利用できる赤身の量を示している。その A や B の後につく数字は肉質等級で、脂肪交雑、肉の色沢、肉の締まりやキメ、脂肪の色沢と質で決められる。

「福助グループ」のオーナー・福西文彦さんと出会うようになってから私にとって三田牛がぐっと身近なものになった。そこで三田牛をもっと調べてみようと「パスカルさんだ」に行ってみたのだ。

DSCF8792ご存知の通り、神戸牛は世界的にメジャーな存在だ。某ハリウッドスターがこれを食べたさに日本での映画 PR を承知して来日したとのエピソードを持つ。そもそも神戸牛をメジャーにしたのは明治期。欧米へ帰る人に向けて送別の意味から神戸の牛を解体して食べさせたのがきっかけ。その送られた人が神戸で食べた牛肉の旨さを横浜でしゃべり、さらに帰国して話したために一躍神戸牛が広まったと伝えられている。これは定かではない話だが、その送られた人かどうか知らないが、ある時、宣教師が欧州に帰ることになり、神戸で牛肉をふるまった。その牛が実は三田の牛だったとの話がある。この時、三田牛という名称があれば、世界的に名が轟いたのは神戸牛ではなくて三田牛だったかもしれない。

三田牛の中から「廻」が誕生

DSCF8795 さて、「パスカルさんだ」の話に入ろう。ここは JA が営む産直市のような施設。この中の精肉部に私はお邪魔したわけだ。相手をしてくれたのは廣岡誠道さん。
「パスカルさんだ」で精肉部を務めるとともに三田食肉公社三田食肉センターの代表取締役でもある人物だ。廣岡さんが言うには、三田肉流通振興協議会の中にその定義があって生後 28 カ月以上のものを指すらしい。一般的に和牛は 28 カ月だが、三田牛は肥育期間が比較的長く 32~35 カ月ぐらい飼っていると話していた。

DSCF8787「福助グループ」の福西さんは、「20 年前は 1600 頭ぐらいいたそうですが、今は 400 頭を切っている。農家の年齢的な引退もさることながら仔牛の値段が高いから導入できなくなっているようですね」と語っていた。前述のように三田牛は神戸牛と違ってランクの制限がない。だから三田で飼われている牛の全てを指していることになる。それでは等級が下のものもいっしょにされてしまうと、ブランドの価値観に危機を覚えた廣岡さん達は、この度、「廻」(かい)なる名称を設けて三田牛の価値を高めようとしている。「廻という称号がつけられるのは A4 の 7 以上の肉。後世に亘って廻すように命名したんです」と言う。極みや頂(いただき)など色んなフレーズや意見も出たらしいが、一丸となって廻して行きたいと「廻」になったようだ。
11 月 14 日に行われる三田の農業祭で「廻」というランクづけの肉ができたことが発表されるのだと、この取材をした日(10 月末)に話していた。神戸牛のように等級づけがなかった三田牛であるが、「廻」ができるようになっていい牛を生産していた農家もやり甲斐が芽ばえるであろうし、消費者も「廻」が付いたものを買う方がいいとわかる。どちらにせよ、三田牛の等級ができるのはいいことだと思う。廣岡さんは「神戸牛のように全国津々浦々にまたがる販売網を持っていればいいが、三田の人だけを相手に商売をしていただけではいずれ頭打ちになる。生産者の中で三田牛の中身を正していくことでまだまだ進化させられる」と踏んでいる。そうするための「廻」誕生なのだ。

DSCF8802くしくも JA が経営する神戸のレストランで牛肉の偽装問題が発覚した。その店では但馬牛レベルのものを神戸ビーフと偽って出していたのである。三田牛の生産者にとってそのニュースは逆にチャンスだと映っている。廣岡さんは、「我々は偽装の発見者や告発者に対して報奨金制度を盛り込もうかと思っている」とまで言っている。正しい規約がそれで成立することをアピールしたいのであろう。そのためには飲食店にもきちんと指導すべきで、「廻」の周知徹底が急がれる。

DSCF8778牛はエサと場所・環境で肉質が変わってくる。三田は武庫川の上流にあたり、山がある。そんな麓で飼われる牛は旨いとされている。三田牛と呼ばれるものは、ほぼ雌牛だけで去勢したものは含まれていないらしい。「雌牛は腰周りが違います。雌は子宮をガードするために栄養を蓄えないといけない。だから味が深いんです」と廣岡さんは教えてくれた。他の牛と比べると、三田牛はピンクではなく、色が赤く濃い。これは多分に肥育期間が長いからそうなるのだと思われる。「他県の牛と違うのは、三田牛の肉質のきめ細かさ。特異な脂なので空気に接するとすぐに溶け始めます」。他の牛肉はスライスしてフィルムを巻くと、ピンと立っているが、三田牛はベタっと寝てしまう。脂肪の融点が低いからそうなるとの話であった。「三田牛は脂に特徴がある。なので霜降りでもあっさり食せます」。そう語る廣岡さんら、毎日三田牛に触れている人達に言わせると、他県産の牛肉をさわっていると、手の油分が取られるが、三田牛はそうではなく、決して手荒れしないそうだ。それくらい脂が異なるということだろう。「福助グループ」では、そんな三田牛にこだわり、「ふく助」や「田助」「三福」などでは、そのいい所を廣岡さんから回してもらってメニュー化している。機会があれば、そんな三田牛の料理もレポートしてみたい。

<データ>

パスカルさんだ 精肉部

住 所 兵庫県三田市川除 677-1
T E L 079-563-7744
営業時間 9:00~18:00
休 み 木曜日
メニュー

プロフィール

曽我和弘
(フードジャーナリスト・フードプランナー)

廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカ社など出版畑を歩き、1999年に編集制作兼企画会社の㈲クリエイターズ・ファクトリーを設立。大ベストセラーになった100円本や朝日放送とタイアップした「おはよう朝日です。雑誌です」を出版し、ヒットメーカー的存在に。プロデュース面でもJR西日本フードサービスネットの駅プロデュースに参画し、その成功によって関西の駅ナカブームの火付け役と称されている。現在、月に13本の連載を抱え、食関連のコラムを多く執筆している。

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