フードジャーナリスト曽我和弘氏が福助グループをめぐる食紀行。スタッフから素材や料理にかけるこだわり、お客様に対する思いなどを聞きだしながら、曽我氏の鋭い論評を交え「三田の食」を語っていただきます。
昨今は日本酒ブームである。酒の流行は数年ごとに大きな波が訪れるようで、バブル期の地酒ブームに始まり、赤ワインのポリフェノール含有に端を発したワインブーム、「百年の孤独」や「野うさぎの走り」をスターダムに押し上げた焼酎ブーム、そしてハイボール復活を掲げたウイスキーと順ぐりのように巡って来る。このところの日本酒ブームは、「獺祭」と「新政」が牽引し、変革を取り入れた小さな地方の蔵を有名にして行った。だからブームといっても全体的なものではなく、スポットを浴びている蔵と浴びていないメーカーとの差異は生じている。雑誌「dancyu」によると、日本酒テーマの特集は年に一度行っており、明らかに売れ行きがいいそうだ。だが、そこに取り挙げられているのは、「新政№6」であったり、「王祿」であったり、「而今」と、決して大手メーカーのものではない。
「この店がオープンしたのは2014年。その頃は、日本酒テーマの店が三田にはあまりなく、わかりやすくして色んな銘柄を楽しんでもらおうと企画したんです」と言うのは福助グループのオーナー・福西文彦さんだ。同社では、数年間働いた人の夢を叶えるべく独立支援制度を導入している。「蔵人」の店主・前田哲さんは、「宴 ふく助」にもいたし、「三福」の立ち上げ時の店長も務めていた。そろそろ独立をと福西さんが声をかけて、彼ありきで企画したのが「蔵人」なのだ。なので料理は和系、前田さんが以前薩摩地鶏の店にいた経験があることからその技術をいかして丹波地鶏を丸まま仕入れる。自身で捌くことができるので店タイトルに、"鶏と魚菜と旨い酒"と記すに至った。前田さんの話では、鶏は春日町から丹波地鶏を丸鶏のまま送ってもらっているそう。鮮度がいいと話すが、それができるのも前田さんが丸一羽を捌ける腕があるからだ。しかも業者を介さず店で行うと希少部位も取ることができ、時には白肝も得られるという。
タイトルにある魚菜の方は、現在提携している魚屋で大阪中央卸売市場から配達してもらい、中には垂水の昼網のものもある。野菜はできるだけ三田産にこだわる。勿論、福助ファームのものもその中には含まれている。私が取材に訪れた日には、トマト、アスパラガス、オクラ、白茄子、茄子、きゅうり、赤紫蘇が盛られていた。前田さん曰く、「ネタケースに並べておき、リクエストに応えてシンプルに調理することが多い」らしく、「今日はてんぷらにでもしようか」と思っているようだった。
さて、肝心の日本酒へ話を移そう。店に置くものは、時期によって徐々に替えていく。この日は「天狗舞 純米酒」「蓧峯 純米酒」「日高見 純米酒」「乾坤一 特別純米酒」などが目についた。福西さんは、「蔵人」をオープンさせる前に日本酒をわかりやすくして色んな銘柄を飲んでもらいたいと考えたようだ。だからどの銘柄を頼んでもグラス(90ml)が480円均一。これが一合(180ml)だと920円で、二合(360ml)なら1840円となる。この手の価格表示法にすると、顧客が計算しやすく、数種を注文しやすくなる利点がある。前田さんによると、常時15種ぐらいは置いているそうで、仕入れ値は様々だが、原価が凸凹になることも承知であえてグラス480円均一にしているという。
ただ、ここにどうしても納まりきれないものが生じる。いわゆるブランド品だ。この場合だけ均一価格は適応せず、「獺祭 純米大吟醸 二割三分」1000円、同「三割九分」780円、「プレミアム而今 特別純米」600円で販売している。「均一価格に納まらないものや珍しい銘柄は、隠し酒とし、メニュー表にもそれがあるのを知らせています。常連さんはそのことがよくわかっているので、席に着くなり『今日は隠し酒は何があるの?』と聞いて来ます」と前田さんは話す。ちなみにこの日は、「酒屋八兵衛 純米吟醸」(三重県多気郡元坂酒造)、「明鏡止水 大吟醸」(長野県佐久市大澤酒造)、「而今 純米吟醸」(三重県名張市木屋正酒造)が隠し酒としてラインナップされていた。
一方、燗酒は「福泉 特別純米」(兵庫県朝来市田治米合名会社)と「花垣」(福井県大野市南部酒造場)の二種。このうち「福泉」は「福助グループ」と、「竹泉」で有名な田治米合名会社のコラボ作品。器によって味が変わるような酒をコンセプトに一升瓶で400本造ってもらったそう。福西さんは「福助と竹泉の名を合わせて『福泉』にしました。燗にした時に美味しく味わえるようにどっしりした酒に造ってもらっています」と説明していた。「蔵人」では燗の温度もわがままがきけるようにと、ぬる燗・人肌燗・熱燗・とびきり燗に分けて供している。「冷酒・燗酒とも基本線は辛口中心。さらっとして切れがいい方が料理との相性もいい」と前田さん。料理もできるだけ素材感を残し、居酒屋よりアッパーなものを使うことで個性を作っている。
「蔵人」は福助グループの独立支援制度に沿った店で、軌道に乗るまでは福西さんが面倒を見ているのだが、この店の店主はあくまで前田さん。いずれは彼が完全な独立店舗として担っていく計画になっている。こうした男前的な支援制度は福助グループの特徴でもある。福西さんは「職人は自店を持つのが最終的目標。ただ独立したは失敗したでは、何をやっているかわからない。戦略はもとより経理面など今までスタッフ時代には経験しなかったことを面倒見て、うまく船出できるように応援したい」と話していた。
そもそも前田さんは奈良の出身で和食の修業をして来た。先輩の店を手伝ったのがきっかけで福西さんと知り合い、誘われて福助グループで働いた。「大阪や京都の店では、煮方が長かったこともあって煮物を得意としています。だから鯛の荒煮きなんてよく作るんですよ。馬刺しも好きで、『蔵人』のメニューにも『特上霜降り馬刺し』を加えています。赤身の中に少し刺しが入っていていい素材です。鶏や魚以外にも日本酒に合うものがないかと探して、コレをメニュー化することになったんです」と前田さん。また、夏には地域性をいかし、「いちじくの揚げだし」を出している。いちじくは川西が産地で、ここで穫れるのは一級品といわれている。甘みがあって女性にはことのほか人気なのだそう。季節の揚げだしは、水茄子、いちじく、南京まんじゅう、豆腐というように素材が替わっていくのだとか。
色んな料理がある中で、やはり前田さんが直仕入し、丸一羽を捌くという丹波地鶏を用いたものが秀逸かもしれない。この料理は、「とりさし盛り合わせ」「もも肉たたき」「鶏天タルタル」など。「生(刺身)で出せるし、加工で使う部位もあり、串焼きに回せる箇所もある。自店で捌くので鮮度は推して知るべし。香りも違うし、旨みをある。食べただけでそれがわかりますよ」と前田さんは言う。丹波地鶏は歯応えがあって脂も乗っているから他とは違うと話していた。
「蔵人」は、JRと神戸電鉄の三田駅すぐの所にある。キッピモールのすぐ西で迷うこともない。ここなら少々、日本酒を飲んでも駅に辿り着けるし、乗ってしまえばあとは最寄りの駅まで運んでくれる。酩酊して乗り越しの心配さえなければ楽なもんだ。そう思うと、ついつい寄り道してしまう店かもしれない。
住 所 | 三田市中央町10-13 三田中央第二ビル1階 |
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T E L | 078-562-2230 |
営業時間 | 17:00~翌2:00 |
休 み | 日曜日 |
メニュー | 丹波地鶏・とりさし盛合せ 1280円 |
廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカ社など出版畑を歩き、1999年に編集制作兼企画会社の㈲クリエイターズ・ファクトリーを設立。大ベストセラーになった100円本や朝日放送とタイアップした「おはよう朝日です。雑誌です」を出版し、ヒットメーカー的存在に。プロデュース面でもJR西日本フードサービスネットの駅プロデュースに参画し、その成功によって関西の駅ナカブームの火付け役と称されている。現在、月に13本の連載を抱え、食関連のコラムを多く執筆している。