フードジャーナリスト曽我和弘氏が福助グループをめぐる食紀行。スタッフから素材や料理にかけるこだわり、お客様に対する思いなどを聞きだしながら、曽我氏の鋭い論評を交え「三田の食」を語っていただきます。
「三田牛を食べに行きませんか?」、kiss FM KOBEで「4seasons」のDJをしている中野耕史さんにそんな約束をしてかなりの日がたっていた。流石にそろそろ声をかけないと、"言うだけ"になってしまいそうだ。そんな時、ふと舞い込んだのが、「宴 ふく助」の美酒美食の会_、9月初旬に台風上陸で三田牛のすき焼きテーマの会が流れたので、その仕切り直しを行おうとなった(11月7日に実施)。オーナーの福西文彦さんが単に食べるだけではなく、アミューズメント性を持たせたいとなったために偶然にも中野さんに白羽の矢が当たったのだ。これはいいきっかけとばかりに当方も美酒美食の会の打ち合わせを兼ねてと称して三田牛の食事に誘うことにした。
JR三田駅前に今春オープンした「甲斐」は、第13回のこのコーナーでも触れた。三田牛は「廻」ブランドを作る話(第9回)やそれに伴っての「三福はなれ」を改めて「甲斐」にしたなど、何かと身の周りで話題が巡っている。先日も某通信社の記者から「三田牛・廻の話を調べたらやたらと曽我さんの記事が出て来る」と言われた。それもそのはずで、「廻」誕生には福西さんも尽力しており、身の周りにその手の話がいくらでも舞い込んで来る。三田牛は、三田市内で肥育されている雌牛で生後28カ月以上(平均32カ月)たったものをいう。その中でも「廻」はA4の№7以上で、これまでなかった等級制限を設けて神戸ビーフのようなブランド化を図りたいとした。この「廻」を料理として出しているのが、これまた同音の「甲斐」なのだ。
三田は三田米や三田牛、三田独活などいろんな名産がある。野菜作りにも適しているため地のものを売っている「パスカル三田」には神戸や大阪から車を飛ばして買いに来る人までいるらしい。それだけの地の産物を売り出しているのに市内に三田牛を食べさせる店がないと福西さんは指摘する。一部にそれを使っている所は当然あるだろうが、三田牛専門_、しかもそのすき焼きやしゃぶしゃぶが食せる高級店はどうやらないようだ。(但し、焼き肉を食せる店はある)。せっかく三田まで来てもらったのだから三田牛をごちそうとして振る舞える店がないことを気にして福西さんは、あえて「廻」の専門店「甲斐」をオープンさせたのだ。
DJの中野さんも地元(兵庫県)の局のラジオパーソナリティらしく三田牛を取材している。だからその旨さは知っており、期待も膨らんでいたであろう。まず我々の前に登場したのが三田牛のアキレス腱を煮こごりポン酢にした先付である。マネージャーの中谷世志樹さんによると、「普通はすじ肉で作るのですが、一品目のインパクトをつけたくてアキレス腱で作りました」との話。アキレス腱と聞くと、ぐにゅっとしているように思えるが、口にするとコリコリしている。こってり煮込んでいないからそうなるらしい。「甲斐」ではどうかわからないが、一般的な店としてはホルモンに"三田牛"のフレーズは使いにくい。なぜなら赤身とホルモンの流通は別で、精肉店でも赤身のみの販売にとどまっている。福西さんによると、赤身は「パスカル三田」を通して仕入れているが、そのホルモンも回してもらえるようにルートを作っているそうだ。三田で250頭ぐらい肥育する春日牧場ともルートを持っているので、回してもらっているのかと勝手ながら想像を膨らませてしまう。
牛炙り寿司と牛すじの茶碗蒸しが登場し、ちょっぴり三田牛の料理を味わった後は、いよいよメインディッシュの三田牛すき焼きである。ちなみに茶碗蒸しにも少し触れておくと、あっさりめに煮た牛すじと慈姑が入っており、コンソメで味を調えている。中谷さん曰く「醤油より塩っぽい味が合っていると思い、その手の調理を施している」のだとか。
肝心のすき焼きだが、これには「甲斐」オススメの食べ方があるようだ。まず数枚、三田牛を炒め、割下で調味し、軽く炙った状態で口へ放り込む。三田牛は脂に特徴があるとされ、その融点が低い。皿に置いていても溶け出すくらいで、福西さんの言葉を借りれば「汗をかく」らしい。それくらい脂が溶けやすく、肉自体が繊細なのだ。中谷さんからは「焼いては火を消すの繰り返しを忘れずに」とのアドバイスがあった。これは鉄鍋の特性を考えての手法で、いったん焦げてしまうと、最後までその焦げが気になってしまうから。それくらい、すき焼きは微妙な点で旨さが違ってくるようだ。
その味わい方を少し堪能したら、次は野菜を割下で煮る。白菜から先に入れず、鍋の縁の方から糸こんにゃくを入れていく。そして豆腐、椎茸と煮込みづらいものから入れ、あとで白菜を加える。「甲斐」のすき焼きは、和食の職人が作ったオリジナルの割下なので少々薄め。だから煮込んでいっても煮詰まる危険性が少ないのだ。よくすき焼きを食べると、初めはインパクトがあるが、徐々にくどくなっていく。そんなことがないように設計されている。
この日は、神戸からのわざわざ来た中野さんへ福西さんが地の松茸をプレゼントしてくれた(普段のコースにはそれは含まれてはいない)。松茸は秋の味覚の代表で、今や丹波産は垂涎の的。韓国産ですら口にしにくいご時世に三田の松茸とは、なんと贅沢な。三田牛(廻)だけでも喜んでいた中野さんの顔がさらに綻んだようだ。福西さんによると、9月の終わり頃か、10月の初めに三田の松茸が回って来ることがあるらしい。今年の晩夏から初秋は雨の日が多く、どうやら松茸は豊作。気温が下がって雨が多ければ、松茸生育には適しているとの話である。とはいっても三田産は希少品_、三田牛「廻」に松茸とくれば、この上ないごちそうである。
すき焼きもさることながら中野さんは福助グループオリジナルの日本酒「田助」がかなり気に入ったよう。「すっきりして飲みやすい」と何杯かお代わりしていた。吟醸酒ではないのになぜかその雰囲気(風味)を醸し出す「田助」は、確かにすき焼きにフィットする。流石に三田の山田錦を使っているからか_、と書きたいところだが、そんな問題ではなく、その手の酒を造りたいとハクレイ酒造に注文を出した福西さんの発想の良さだろう。結局、「甲斐」ではこのカップリングがうまくいったことになる。
さて我々が「甲斐」で食したコースは、「極」と呼ばれる12000円のもの。けっこう肉を喰ったからか、かなりの満腹感に浸っている。「甲斐」では、三田牛のすき焼きか、しゃぶしゃぶが食せるわけだが、価格は「上」が8000円、「特上」が1万円、私達が味わった「極」が12000円と三つのコースがある。ちなみに牛肉は順に、120g、160g、180gとなる。肉の色はピンクではなく濃い赤から小豆色_、これは肥育の長さを示す色だとか。鉄鍋で焼いたときのはがれもよく、霜降りであってもそのしつこさはない。だからA5ランク(廻はA4の№7以上)でも180gも食べられる。
それくらいあっさり味わえるのだ。「最近は赤身が流行りだが、それは脂がくどいから_、いい肉は霜降りでも沢山味わえる」。こんな言葉を某有名料理人が発していた。それを実証しているのが「甲斐」のすき焼きで、さんざん旨いものを喰ってきた私達がご満悦だったのでもわかってもらえるだろう。
住 所 | 兵庫県三田市駅前町8-39 |
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T E L | 079-559-0124(三福で受付) |
営業時間 | 11:30~15:00 17:30~22:00 |
休 み | 火曜日 |
メニュー | 三田牛すき焼きコース 上8,000円、特上10,000円、極12,000円 |
廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカ社など出版畑を歩き、1999年に編集制作兼企画会社の㈲クリエイターズ・ファクトリーを設立。大ベストセラーになった100円本や朝日放送とタイアップした「おはよう朝日です。雑誌です」を出版し、ヒットメーカー的存在に。プロデュース面でもJR西日本フードサービスネットの駅プロデュースに参画し、その成功によって関西の駅ナカブームの火付け役と称されている。現在、月に13本の連載を抱え、食関連のコラムを多く執筆している。