フードジャーナリスト曽我和弘氏が福助グループをめぐる食紀行。スタッフから素材や料理にかけるこだわり、お客様に対する思いなどを聞きだしながら、曽我氏の鋭い論評を交え「三田の食」を語っていただきます。
関西弁で唄うヒップホップが人気を博したET-KINGの「愛しい人へ」。大阪を活動拠点にしていたせいか、関西人なら誰でも口ずさむことができるのではないだろうか。このグループのリーダーがいときんさん。本名は山田祥正さんといい、三田の出身である。
なぜ冒頭から音楽の話をするかというと、JR三田駅前に昨年夏にお目見得した「大衆焼肉・ホルモン やまだ」のことを書きたいからだ。三田駅から信号を渡った所にある同店は、店先の派手な看板とモニターから流れる焼肉の唄が目立ち、この界隈の人ならすでにおなじみになっているのかもしれない。「やまだ」は、福助グループの一店舗なのだが、なぜに「やまだ」なのかと尋ねたところ、ET-KINGのいときんさんに因していることがわかった。福西さんといときんさんとは旧知の仲。福西さんとは有馬高校での先輩後輩の間柄で、デビュー前から仲もよかったらしい。三田で飲食店を展開する福西さんと、三田出身でホルモン好きのいときんさんは、いつしか意気投合し、いっしょに店をやろうと語り合っていた。ところが当のいときんさんが肺腺癌が原因で昨年1月に死去してしまい、その夢も潰えた。彼との誓いを一人になっても叶えたいと思っていた福西さんは、コンビニが閉まった空きスペースを借りて焼肉を始めたのだ。なので店名もいときんさんの本名を取って「やまだ」にしている。
「やまだ」のコンセプトは、看板にもある通り"大衆焼肉"店。若い人から年配層まで使えるようなリーズナブルな価格帯を打ち出している。単品の値段は小腸、てっちゃん、アカセン、センマイ、ハート、レバーといういわゆるホルモン類が全て490円。中でも安さの象徴は「肉盛り(やまだ)」で、牛カルビ、牛ホルモン、豚肉、鶏肉がど~んと載って1280円である。福西さんの話では、若い子達は「肉盛り(やまだ)」と中ご飯、烏龍茶を頼む人が多いらしく、それだと2000円いかないのだとか。まさに消費者には待ちに待った焼肉店に映るだろう。それが因で評判がすこぶるよく、連日賑わいを見せている。平日は17:00から営業しているが、早い時間帯は色んな層が使っているようで年配客からサラリーマン、学生と色んな顔が見える。それが21:00頃からは学生が主客層に変化し始める。彼らは焼肉で飲むわけでもなく、食事処と捉えるせいか、前述した福西さんの言葉のようなメニュー組を注文する。だからなのだろう、「やまだ」の人気メニューは、1位が「肉盛り(やまだ)」で、2位が中ご飯になっている。こうなるのは決して想定外ではないらしい。福西さんは「飲むのもさることながら焼肉をおかずにしてご飯を食べる店を一つの狙いとして造りました。大衆焼肉を目指すべく、あえて内装をダクトがむき出しにしたんです。無煙ロースターを使って上品にではなく、ガツガツ食べてもらうのが『やまだ』のコンセプトなんですよ」と語っている。学生達が「白ごはんと肉盛り」と注文するのも目論見通りといえるかもしれない。
「やまだ」の店長に聞いても白ご飯がやたらと出るという。元来、飲食店ではご飯はサブ商品で、メイン素材を重視するあまりそこまでいい米を使わないのが常套だ。ところが、福西さんは「そんなコンセプトを実現するために、米は重要なアイテム」と考え、地元三田米で焼肉に合うようにブレンドした。「コシヒカリは柔らかく、粘り気が強すぎて、焼肉には合いにくいと思うんです。そこでコシヒカリに硬めに仕上がるヒノヒカリを混ぜ、さらにもちもち感を醸すようにヤマフクモチを加えてみました。すると白ご飯が美味しくなって焼肉の供としてぴったりなんですよ」。福西さんはいずれこの配合の米を「やまだの米」と名づけ、店で売り出そうと考えているようだ。
大衆焼肉を目指すなら価格帯は重要な要素で、どうしても安価に収めようとすると素材にコストをかけられない。ならば輸入肉一辺倒でいいかというと、それでは安かろう悪かろうの店に映ってしまう。福西さんは、そのあたりをうまく使い分けながら少しでもリーズナブルに収まるように考えた。輸入肉もあれば、国産牛もあり、三田和牛もあるという具合にだ。中でも三田和牛は、焼肉通の年配客用にと配している。三田和牛は、このコーナーでよく紹介している三田牛とは異なり、銘柄牛にあたり、兵庫三田畜産組合の指定農家で肥育されている黒毛和種を指す。同店でのそれは、三田市内にある春日牧場から回って来るもので、福助グループが半頭買いしていることもあって色んな部位が出るそうだ。例えば、私が訪れた某日には、「サーロインのすき焼き」(1980円)、「霜降り大判3秒焼ロース」(1880円)、「赤身肉八味焼き」(1580円)などがメニュー化されていた。これらは、お薦め品にあたり、日によって入れ替わることになっている。他の肉に比べ、少々値はするが、上質のものをと店では薦めている。年配客は主にこれらを注文し、酒のアテにする。これも「やまだ」の楽しみ方だろう。
福西さんの話で興味深かったのは、ホルスタインの小腸が旨いということ。実は和牛には4種類あって黒毛和種、褐毛和種、日本短角種、無角和種がそれにあたる。これとは別に乳牛としてのホルスタインとジャージーがある。よくF1種と表現されるのは、交雑種のことで和牛とホルスタインをかけあわせて誕生させたものを指す。最近、「うちは赤身押しで」と売っている店がよくあるが、これらは多分に、F1種を使っていることが多く、それに反して和牛はどうしても脂の旨さを表現する肉になる。「ホルモンも和牛がいいなんて話す人がいますが、肉のことをよく知っている人は北海道のホルスタインの小腸を欲しがるんですよ。脂の乗りがよく、和牛のものより断然いいですね」。福助グループでは、以前からそれを入れたかったそうだが、ルートがなく仕入れることができなかった。今回はある所の紹介で入れてもらえるようになり、晴れて「やまだ」では北海道ホルスタインの小腸のみを使用しているのだ。
「大判焼きカルビ」(1500円)も人気メニューで、写真にあるように皿にこれでもかと思うほど長いカルビが載っている。これを焼いてカットしながら食べる。店長に聞くと、これも評判がいいそうで、「肉盛り(やまだ)」とこの一品を同時に注文すればかなりのボリュームになると思われる。
「八味焼き」は、ハラミ肉に七味と山椒を施したもの。七味プラスαなので"八味"になるという表現方法だ。「三秒焼きロース」は、薄めにカットした三田和牛のロースを焼くものをいう。流石に三秒では焼けないかもしれないが、それくらいさっと炙りながら食べてほしいということだろう。前述した「肉盛り」については、(やまだ)の他に(特)と(極)があって順に値が高くなる、量自体は各々200gだが、(特)は牛カルビ・牛ハラミ・牛ホルモン・豚肉・鶏肉の内容になっていて(極)の方は牛ホルモンと豚肉・鶏肉は同じだが、こちらは国産牛の赤身とカルビが盛られており、内容に変化が見られる。
大衆焼肉を目指すべく、ドラム缶やビールケースをテーブル代わりに使い、ダクトむき出しの店内をあえて造った。初めからあるものではなく、あえてそのように造ったので工事費が高くついたそうだ。それでも福西さんは「この方がホルモン焼き屋風になるし、韓国の店のように見える」と表現する。色んな店を経営する中で、こんな一軒があってもと思って造ったのであろうし、現にその雰囲気が受け入れられ、連日盛況ぶりを見せている。私からすると、店外モニターから流れる焼肉の唄も少々賑やかだが、それとて愛嬌のうち。入口扉を開けたらで迎えてくれるえべっさんの絵がまたいいのだ。ちなみにこの絵は、いときんさんの作である。
住 所 | 三田市駅前町8-1 |
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T E L | 079-559-2955 |
営業時間 | 月~金曜17:00~翌1:00、土日祝日16:00~24:00 |
休 み | 無休 |
メニュー | 肉盛り(やまだ) 1280円 |
廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカ社など出版畑を歩き、1999年に編集制作兼企画会社の㈲クリエイターズ・ファクトリーを設立。大ベストセラーになった100円本や朝日放送とタイアップした「おはよう朝日です。雑誌です」を出版し、ヒットメーカー的存在に。プロデュース面でもJR西日本フードサービスネットの駅プロデュースに参画し、その成功によって関西の駅ナカブームの火付け役と称されている。現在、月に13本の連載を抱え、食関連のコラムを多く執筆している。