フードジャーナリスト曽我和弘氏が福助グループをめぐる食紀行。スタッフから素材や料理にかけるこだわり、お客様に対する思いなどを聞きだしながら、曽我氏の鋭い論評を交え「三田の食」を語っていただきます。
今年は、新型コロナウイルスが全世界で流行し、飲食店業界は大打撃を受けた。福助グループも右に同じで4月は三田駅前にある店舗を一時休業したり、営業時間の短縮を強いられている。コロナ禍が原因で店を締める所が目立つ中で、福助グループは新たな取り組みを行うことで新風を吹き込もうとしている。その一つの例がグループ発祥の店「宴 福助」をやめて、その地に新業態のラーメン店「三田 塩と醤」を始めたことだ。そして福助グループのオーナー・福西文彦さんは、その他の店にも大鉈を振るい始めた。「ガラガラポンのような形で全店のスタッフを入れ替えたりしたんです」と話す。この全店人事異動は、店ごとに変革をもたらすのが目的。「三福」で永年店長を務めていた濵名大樹さんを「鮨の酒場でんすけ」に動かせたようにである。福西さんにこの目論見を聞くと「ずっと同じ店にいては、どうしてもマンネリ化し、今のやり方がおかしいのではないかとの疑問を持たなくなるんです。当たり前のことを当たり前ではなく考えさせるために全店の人事異動を命じました。これにより店に新風が吹き込めたのではないでしょうか」。異動させることで前の人には負けたくないとの頑張りも生じて来る。少しずつの人事異動より全店入れ替えの方がこの際いいと考え、今の改革を行った。そのきっかけにはコロナ禍が丁度いいタイミングだったのだろう。
今回は大きく変わった店として三田駅前の「田助(でんすけ)」が挙げられる。同店については、この連載が始まった最初の回に取材している。当時は店名が「魚と鶏と酔な酒 田助」とあるように魚介類と鶏料理をメインに据えていた。福助グループには、オリジナルの日本酒「でんすけ」がある。自社の田圃で山田錦を栽培し、それを宮津のハクレイ酒造に持ち込んで日本酒を造ってもらう_、そんな取り組みから清酒「でんすけ」が生まれている。「オリジナルの日本酒名を店名に冠し、それら日本酒をベースに魚と鶏の料理を楽しんでもらうのがその当時のコンセプトでした」と福西さんは説明していた。ただ「でんすけ」は、これまでにコンセプトを何回か変えているようだ。13年前には石焼の店としてスタートし、店長が代わる度にプチリニューアルを繰り返して来た。なので全店人事異動した今回もコンセプトを変えたことになる。それが寿司を中心とした居酒屋なのである。以前から福西さんは、リーズナブルな寿司を出す業態に目をつけていた。寿司屋としてではなく、あくまで居酒屋の範疇でそれを行う。そんな店をコロナ禍前から模索していたのである。
リニューアルした「鮨の酒場でんすけ」は、前述のように寿司が居酒屋メニューの中心に置かれている。メニュー表を見ると、ハマチ(一貫)、玉子、しめ鯖99円、エビ、アジ、サーモン、タコが130円、ホタテ、平目、剣いかが190円、鰻、煮穴子が210円とある。価格を見てもわかるように安価で設定されており、これについては20代やファミリー層に取り込みたいためと言っていた。「でんすけ」は、マグロも売りの一つで本マグロの握りが一貫170円。漬けも同価格で、中トロ210円、鉄火巻210円、トロ鉄火とトロたく巻が各々530円になっている。「安いマグロといえば、キハダが挙げられますが、『でんすけ』では全て本マグロを使用。信頼のおける魚屋から仕入れており、リーズナブルな値段で出せるように努力しています」と言う。
寿司屋ではなく、居酒屋での提供なので単品もあるが、注文しやすいように「マグマ三昧」(中トロ・赤身・漬け)や「白身三昧」(サーモン・平目・トラフグ)、「サーモン三昧」(サーモン・炙りサーモン・マヨまみれ)と、寿司人気三貫盛りもラインナップしているのだ。面白いと思ったのは、「まぐろの生レバー風」(400円)。マグロに塩とごま油をかけて、葱を載せ、レバーっぽく演出しているのがウケているらしい。
メニューを見ていたら「ロシアンにぎり」という名に目が行った。どうやらこれはロシアンルーレット風の握り寿司のようだ。これを注文すると、出て来る握り寿司のうち、一つに大量のワサビが塗られている。遊び感覚でそれが誰に当たるかを楽しむ趣向らしい。普通は3個のうち一つが当たり(大量のワサビ入り)らしいが、人数によって何貫でも行えるようにしているそうだ。「うちの家族でやって来た折りに『ロシアンにぎり』を頼みましたが、私が当たりを食べてしまいました(笑)。とんでもない辛さで何か飲まないとおさまりません。でもお客様にはウケているみたいで、結構注文が通りますね」と福西さんは笑いながら答えてくれた。福西流のシャレたメニューであろう。
ユニークなものとして目立つのが「サバ缶サラダ」(480円)。その名の通りサバ缶を開けてひっくり返し、玉葱を刻んで載せている_、そんなシンプルなメニューだ。ドレッシングと七味がかかっており、食べる時にひっくり返し、グチャグチャに混ぜる。それだけだが、サバ缶そのものが使われていて見た目に面白い。居酒屋的なものとしては、「うにく」(580円)もオススメ。これは生ウニと牛炙りのコラボで、軽く炙った牛肉に大葉を載せ、その上に生ウニを置いて出す。牛肉とウニが口内で混ざり合い、何とも贅沢なものになる。びっくりするのは、昼に出ている「海鮮丼」(880円)。これは魚介類8種くらいが載った豪華版で、まさに魚テーマにした店ならでは。この上に「豪華漁師丼」(1580円)があってこちらは13種ぐらいの魚介類が載っている。この他、昼には「本まぐろ丼」や「本まぐろ食べ比べ丼」「特上天丼」といったメニューが用意されている。
福西さんは、南三陸や浦川町の魚屋や漁業関係者とも知己があり、色んなものを送ってもらうことで料理を充実させたいと考えている。例えば北海道の浦川町には、銀聖という名のブランド秋鮭があって、一般的な鮭と比べ、大きくて脂も乗って甘い。外見がキラキラ光っていることから銀聖と呼ばれるそうだ。「できればルイベで出したり、味噌漬けにしたりしようと思っています」と話していた。まさに期待が持てる。
前述したように以前の「でんすけ」は、酒中心に造りや焼鳥を出していた。コロナ禍で居酒屋需要が厳しくなる中、福助グループでは、これまでの40代層より20代の若い子やファミリー層を取り込みたいと考えた。「今の若い子は、あまり酒を飲まなくなっています。飲まなくても行きたい店を目指し、『でんすけ』をリニューアルしました。だから寿司を中心にして食事だけでも対応できるようにしたんです」。なのでシャリも小さめにし、酒のアテに適応できるようにしているようだ。「今は高級店より手軽さがウケる時代。寿司や単品メニューを安価に設定することで、色んな層が来ていただければ…」。福西さんのその声を反映するかの如く、鮨の酒場的生き方を「でんすけ」はしようとしているのだ。
住 所 | 兵庫県三田市中央町4-24 |
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T E L | 079-564-8844 |
営業時間 | 11:30~14:30、17:00~23:00 |
休 み | 日曜日 |
メニュー | 本まぐろ三昧 500円 |
廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカ社など出版畑を歩き、1999年に編集制作兼企画会社の㈲クリエイターズ・ファクトリーを設立。大ベストセラーになった100円本や朝日放送とタイアップした「おはよう朝日です。雑誌です」を出版し、ヒットメーカー的存在に。プロデュース面でもJR西日本フードサービスネットの駅プロデュースに参画し、その成功によって関西の駅ナカブームの火付け役と称されている。現在、月に13本の連載を抱え、食関連のコラムを多く執筆している。